一つの本を何度も読むとは
気に入った一冊の本を何度も読みます。音楽でも一つの作品にしつこいほど付き合います。何度も読む、何度も聞くということなのですが、小さい頃からそうだったのかというとそんなこともないようで、多分二十歳の頃から始まった癖のようなものだろうと思います。
もしこれを心理学に詳しい人が読んでいたら、専門的な病名が浮かんでくる様なものかもしれません。
最初のきっかけとなったのはモーツァルトの伝記です。モーツァルトの音楽が好きでしたから彼の人となりをもっと知りたいと手当たり次第モーツァルトについて書かれているものを読みました。作品解説だけでなく伝記にも目を通しました。同じ人物の伝記を何種類も読むという初めての体験でした。
興味深かったのは作者によってモーツァルトのイメージが違うことでした。はじめは少し面食らいましたが、そのことに気付いてからは、伝記というのは半分は史実や生い立ちから取ってこられている訳ですが、残りの半分は、もしかするとそれ以上が伝記作者の創作だと言うことに気づいたのです。一見客観的に見えても思い込みのようなものではないかと思ったりもしました。
最初は各人によって違うことが気になったものですが、そのうち違うことが気にならなくなって来るのです。そして字面の向こうにぼんやりとモーツァルトのイメージが浮かんでくるのです。もちろん主観的なものです。私は霊能力などというものは持ち合わせていませんから、それらしきものは一切見えないのですが、心象として、イメージとして感じるものがあったと言うことです。残されている肖像画に似ていることもありました。
音楽も基本的には同じで作品の向こうに別の手ごたえを感じるようになります。親しい友達の様な感触で大切にしたいものになるのです。そこまでくると、この作品を知っているとか、この作品が好きだというレベルのものではなくなっていて、毎日使っている大好きなお茶碗の様なごくごく日常的なものになっているのです。