自分を見る機械発明の話し
物事の渦中に居る人は却って解らないものです。
傍で見ていると、ああしたらいい、こうする方が・・、なんでああしないんだ、と見えているものです。
それが正しいかどうかを別として、物事は外からの方がよく見えるのです。
自分というのも、皆んな「自分の渦中」に居るのでなかなか見えないでいます。
私は、一生見ることはないのだとあきらめることもあります。
そんなことを言わずに、と遠くから声が聞こえることもあります。
ふと頭をよぎったのは、自分を見るとは何なのかでした。
鏡があったっけと、部屋に戻って上等な鏡を取って来ました。
その鏡を見てみましたが、鏡で見ても、自分の外側しか見えません。
別の手段はないものかと、知恵を絞っていたら、心の中を見る鏡があったら自分が見えるかもしれないと思い立ちました。
それで心の中を見るための鏡を開発しようと考えました。
発明家に電話しても、断られるだけで、それでは自分で作るしかないと、悶々とした日々が続きました。
できました。
意外なほど簡単でした。
そうです、本当のこととは簡単なものなのです。
老子が言うように、真実は水のごとし、です。
現時点では製品としては不十分な試供品ですから、まだライアーゼーレでも発売されていません。
発売の際には、月旅行と同じくらいの値段がつく予定になっています。
そのくらい価値のあることだからです。
でもそんなのを見せられた日には、今の段階では、正気でいられるかどうか・・。
気が狂う方が、確率が高いような気がする、と言う人の方が多いかも知りません。
怖いもの見たさで、見てみませんか。あなたの心の中ですよ。他の人のではなく、あなたのですよ。
あなたにしかわからなものが一杯あるかもしれません。
それを写真に撮ることもできます。フラッシュは焚かないでください。
そして絶対に修正はしないでください。
その夜夢にそれが出てきたのです。
私はためしに覗いてみました。
勿論周りに誰もいないかどうかを慎重に見回して、いざ・・
見えます。私の心がです。
ピントを合わせるのに時間がかかりましたが、見えました。
それはすごいものでした。
どう説明しようかと言葉を探していたんですが、もたもたしているうちに夢から覚めてしまいました。