中国から帰って
中国から帰ってから初めての仕事は大阪の富田林でした。
大阪の元気な人たちと出会いました。
大阪は東京より大陸的といってみたいのですが、どんなもんでしょうか。
反論もあるかも知れませんが、正直な印象です。
日本になじむには一番いいところにいたと思っています。
おおらかで大雑把なところが共通項です。
私が垣間見た中国は明治維新の前夜のような凄味がありました。
加えて、今回はシュタイナーの精神世界を求めている人たちの集まりでしたから、内面的な中国の人たちとの出会いを味わいました。
それはちょうど四十年前、日本でシュタイナーが始まった時のようなものでもありました。
若若しいぴちぴちした勢いがあり、これからどうなって行くのかという未知数の中でワクワクしていました。
それに触れることができて私自身若返ってしまいました。
そういう中国の印象と日本を比べると日本はよくいえば熟成気に入っているのでしょう。
それはそれで一つのプロセスだといえますが、必ずしもいいものではないと私は思います。
シュタイナーはまだ始まったばかりのはずです。高々四十年で熟すようなものではないからです。
ちいさくまとまろうとしているのでは・・・
もっと野放図でいいのでは・・・
中国で、中国の文化とシュタイナーをどこでつなげるのかということを中国の人たちも真剣に考えています。
陰陽があり、五行があり、老荘思想があり、孔子もあります。
それがシュタイナーの世界観とどのように出会うのかということです。
そういう話し合いの中で、私はこんな発言をしました。
西洋のシュタイナーとは言っても、日本人である私がシュタイナーと出会ったのは、西洋東洋を超えたものだったような気がする。
シュタイナーを読んだ時、そこにかかれている内容のようなことを私もいつかどこかで考えたことがあるという体験でした。
それはもしかしたら私だけが知っているはずなのに、なぜシュタイナーはそのことを知っいるのだろう、というものでもありました。
あるいはシュタイナーを読んでいて、まさにこのことを知りたかった、どうして彼は知っているのだろうということです。
これは衝撃的といっていいと思います。日本人という枠を超えているものです。
ドイツに行っていろいろな人と話していると、多くの人に、いやほとんどの人にやはりそういう体験があることが分かりました。
この体験が多くの人にとってシュタイナーに入り込んで行くきっかけになっているようです。
しかしこれはあくまでも個人レベルでのことです。私が、ドイツの友人たちがシュタイナーと出会うきっかけということです。
でも、もしかしたら、民族霊という存在も、よく似た経験をしてるのかも知れないということです。
その民族霊しか知らない秘密というのがあるはずです。それを、なぜシュタイナーは知っているのだろう、と思っているのかも知れない、ということです。
ある民族がこれから成長してゆくために必要と感じているものをシュタイナーは言っているということです。
急いで二つの文化も、中国と西洋、日本と西洋をくっつける必要はないと思っています。
五行はシュタイナー的に言うとどういうものなのかなんて、あわて者が考えることです。
老子とシュタイナーもまだようやく向かい合ったばかりだと思います。
これからいろいろなものが見えてくるのが楽しみです。