言葉について思うこと その四   

2014年6月2日

ドイツで、ある雑誌の編集長をしている友人から電話があって海のことを書いてくれと頼まれました。二つ返事で書くことにしました。

ドイツ語で話しをすることはドイツ語をスムースに滑らかにしてくれるので、しなければならないことなのですが、話しをするだけだと外国語というのはある程度までしか上達しないので、書くという機会を意識的に作って、言葉に広がりと締まりと深みが出てくる様に努力しています。

講演で話す時にしばしば起こるのは、話しをしている最中に突然言葉が出て来ることです。自分でも予想がつかないところに話しが持って行かれることもあります。それはそれでスリルがあり勉強になるのですが、書き言葉の場合には時間をかけて言葉と文章を練って行きます。ああでもないこうでもないと悩みながら言葉と向き合う楽しさがそこにはあります。

しかし、気を付けないと書き言葉はどんどん記号的になって行く危険性もあり、堅い言い回しに振り回されてしまったり、箇条書きの様になり、味気のないものになってしまいます。書き言葉が話し言葉の様に滑らかになるのが理想かもしれません。

 

さてその雑誌のことですが、夏の号はいつもテーマがあって、去年は庭がテーマでしたから日本の庭のことを書いて欲しいと頼まれ書きました。今年は海のことを書きます。

海は日本語だと産むに通じています。産むの連用形でそれが名詞化したものです。海は地上の生命が誕生したところとも言われています。

英語ではsea、ocean, mare(発音はマーレイ)で、ドイツ語ではMeer(発音はメアー)とSee(発音はゼー)がありますが一般的にはどちらもほとんど区別されることなく使われています。フランス語では、ドビッシーの交響曲にラメールというのがありますが、そのメールです。ラは定冠詞です。イタリア語もおなじです。

英語では普通はseaで大きなものはoceanとなりますがmareというのはほとんど使われない様です。時々使われている時は特殊な海のことで、たとえば月の表面で黒く見えるところをmareと呼んだりしています。

ドイツ語でも私の個人的な感じではSeeはただの海ですが、Meerはどちらかというとちょっとワクワクする様なイメージがあり、どちらかというと詩的表現にはこちらが多く使われます。日常的にもSeeへ行こうという時には海岸や浜辺への海水浴の様な感じですが、Meerという時には海の不思議を感じさせるものがあります。

実はこのMeer、私たちが童話と呼んでいるメールヒェンに通じている言葉なのです。

メールヒェンは今では童話、おとぎ話ということになっています。メルヒェンチックという言葉もあり現実離れしたという様な感じて使われていて、おとぎの世界の象徴のように考えられがちですが、メールヒェンはもともとはそんなものではなかったのです。ヨーロッパの中世、12世紀から13世紀のフランスを中心にした歴史的お話しです。今日のグリム童話を見ても解る様に、話しの多くは内容的に見れば人生の様々な状況が凝縮しています。今日では教育学者、心理学者が集まって子どもに聞かせていいものかどうかを論じていますが、当時は子どものためのお話しという体裁のものではなく、まだほとんどの人が文字が読めなかった中世では大人が真剣に教えとして聞いた話だったのです。そこから人生の教訓を学び取っていました。当時はヨーロッパ各地に広く伝わっていたものだったのです。話しを伝えたのはテンペル騎士団だったといわれています。そもそもはバチカンに属していましたが、独自の発展がバチカンの逆鱗に触れ皆殺しに合うという運命をたどった独特の集団です。グリム兄弟が19世紀になってそれを編纂して、更に何度も手を入れて書きなおして本として出版して以来、グリム童話として知られていますが、実は同じ話が、違う語り口で残っていたり、話しの解釈が違っているものがフランス、イタリア、ドイツに沢山見られるのです。

 

そうした人生の教訓話の宝庫をメルヒェンと呼ぶのは、海が生命を生み出すことに関係しているのです。どちらも混沌としているところがあります。先ほども言いましたが今日は科学的に、学問的にメルヒェンを論じていますが、メルヒェンには人生という混沌としたものが凝縮しているので、一筋縄では整理がつかないものです。海もいまだ解明されないものが詰まっています。

創造は混沌とした物の中からしか生まれないのですから、メルヒェンの未知性はこれからも大人的な辻褄を合せるというぐ行に陥らずに、直観的に理解する子どもたちに任せていいのではないか、そんな気がします。私たちは子どもたちを辻褄の合った小さな世界に閉じ込めようとしているのかもしれません。そうなると水族館で海を体験する様なものになってしまいかねません。

 

 

 

 

 

 

 

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