ローター・ゲルトナーさんへの感謝
丁度三十五年前の今日、六月四日、ドイツに来ました。今日は私のもう一つの誕生日です。
ドイツで生活する様になって三十五年、思いだすといろいろありますが、長い様で短いものです。
当時使った飛行機はパキスタン航空で、南回りでした。
北京、カラチ、カイロ、フランクフルトと二十四時間の飛行時間です。
それだけではなく、プラス待ち時間ですから、延べで三十三時間、若かったからできた様な旅行です。
ドイツに着いたらほっとしたのを覚えています。
シュタイナーの治療教育を学ぶために渡ったドイツです。
しかしその前にドイツ語をなんとかしなければならないのでドイツでは先ずゲーテインスティテュートに行きました。
五ヶ月後、よちよちのドイツ語でしたが、なんとか治療教育に辿り着きました。
着いたらそこではライアーが待っていました。
日本ではライアーのことは全く知らずにいました。
まさに青天の霹靂です。
クラシックギターを弾くのでライアーには親しみを感じ、すぐに弾けるようになりました。
この楽器がその後の人生の中で大きな比重を持つものになるとは・・・、想像もしませんでした。
とても運命的なものを感じます。
ライアーは当時ゲルトナーのものがほとんどで、黒くて丸いライアーがわたしのライアー初体験です。
初体験であり、同時に原体験ですから、ライアーというと、どうしてもゲルトナーの音が自ずと体の中からわいてきます。
ゲルトナーのライアーの音を聞いていると心の深いところがくすぐられるのです。
きっと初代のローター・ゲルトナーさんの思いが弦の震えの中に生きているのでしょう。
私はまだローター・ゲルトナーさんの息のかかったライアーを幾つか持って弾いています。
それらを膝の上に乗せ、ゆっくり弾いているとローター・ゲルトナーさんのライアーへの思いに触れる様な気がします。
ライアーに捧げた熱意に、そして彼の偉業に頭が下がる思いがするのです。
有難うございます、と感謝の気持ちを込めていつも弾いています。
ローター・ゲルトナーさんがライアーを完成させたことはとても偉大なことです。
これは繰り返し強調したいと思います。
ライアーの発案者と言うとエドモンド・プラハトさんということになっています。
しかしローター・ゲルトナーさんがライアーを完成させたことでプラハトさんの名前が残っているのです。
プラハトさんは、最初、スイスのバーゼルの楽器製作者にライアーを依頼しました。
しかしそれはプラハトさんを満足させるものではありませんでした。
つまりそのライアーだったら今日のライアーの世界はなかったのです。
そしてプラハトさんの名前もそこで消えてしまっていたのです。
その後プラハトさんのアイデアはローター・ゲルトナーさんの手にゆだねられます。
私たちが知っているライアーの誕生です。
そこで誕生したライアーは今までのものとは全く次元の違うものでした。
勿論プラハトさんも感激です。
以前のライアーとの決定的なちがいはというと、勿論形のこともあります。
しかし本質的には、形がどうのこうのというだけではないのです。
決定的な違いは、ローター・ゲルトナーさんのライアーはしっかりとした世界観にささえられていたということです。
ローター・ゲルトナーの筋金入りの世界観がなかったら・・・、ライアーは生まれていないのです。
プラハトさんの名前はローター・ゲルトナーさんの発明したライアーと共に残っているのです。
私はここを強調したいのです。
ローター・ゲルトナーさんといえども、自らの世界観に支えられながら試行錯誤を繰り返しています。
今のライアーの形になるまで幾つもの全段階があったのです。
今はライアーがいろいろな人の手で作られています。
ドイツにもいろいろな工房があります。
ドイツばかりでなく、アイルランド、オーストラリア、アメリカ、スイス、アルゼンチン、チェコでも作られています。
そのどれもみんなローター・ゲルトナーさんの恩恵によるものです。
みなさんいろいろな工夫をしていますが、初めて作られたものとは世界観というところで次元が違います。
自動車にしても、カメラにしても、蓄音器にしても初めてのものはみんな単純なものです。
単純ですが、そこにはとてつもないエネルギーが凝縮しています。世界観です。
その後の開発という仕事によって改良されて行きますが、発明と改良は同じ次元で語ることができません。
ものがなんであれ、発案者のものの中には世界観が生きています。
その後の発展がどんなに素晴らしいものでも、初代の持っていた世界観を感じることはありません。
ローター・ゲルトナーさんの陰陽のモチーフからヒントを得て生まれたあの丸いライアー。
さり気ない形なのに存在感があります。
この存在感こそがローター・ゲルトナーさんの世界観そのものです。
この丸いライアーはこれからも多くの人を魅了して行くのです。
そこにはしっかりとした、筋金入りの世界観が生きているからです。