文化系それとも理科系
古代インドでは数学も天文学も韻文、つまり詩の形をもった文章、で表されたのです。数学の元になる計算は理科系ですがそれを表す段になると文化系ということです。
小学校の先生とお話をしていて、「算数の問題を理解できない子どもが結構いるんですよ。算数は機械的な計算だけではないです。応用問題は国語の読解力の問題ですから、基本は文化系かもしれません」と苦笑いをしていらっしゃいました。
生物学者の福島伸一さんが、自分は理科系ではなく文化系ですと言っていました。研究の方法は理科系だと思うが、研究の成果を報告する際の文章のこともですが、生物という特殊な分野に限らず文化現象という観点から捉えると文化系だということで、自分は実は文化系だったんだと気づいたのですとお話ししていました。
理科系、文化系といいますが、元々は西洋的な区分から生まれてきているはずです。ということはそもそもはロゴスというところにたどり着くということです。以前のブログでも扱ったロゴスですが、今は「言葉」と訳されることが多いです。新約聖書のヨハネ福音書の冒頭の「初めに言葉ありき」の言葉はロゴスです。しかしロジックという言葉の意味は論理的ですが、元になっているのもこのロゴスだとすると、ロゴスは論理的であることをも意味しているわけで、「初めに論理あり」でも正しいと言うことになります。言葉か論理か、まさに文化系か理科系かの争いがそこにもみられます。
言葉も文法という整理の仕方に当てはめると論理的な姿になりますから、あながち文化系のものとも言い切れないようです。
理科系、文化系はある意味では左脳と右脳という分け方にも通じるものですが、理科系の人が左脳だと決めつけるのは危険で、数学、物理学などの偉大な発見は例外なく直観からです。ということは右脳的だということになります。
文化系、理科系という分け方には大した根拠がなく、現実には混沌としているようです。
さてあなたは理科系ですか、文化系ですか。