絵本の編集から見えたこと

2021年1月22日

絵本を編集する仕事をしている女性の方から聞いたことです。彼女は画家と文章を書く作家さんの両方の方を交互に訪問して仕事を進めています。「この仕事を始めてからずっと気になっていたのですが、絵を描く方と、言葉を使う作家さんとを比べると、絵を描く方の方がずっと楽に、幸せに生きているようなのです。言葉を使う方はなんとなく暗くて、重くて苦手なんです」と言うのです。「言葉は人を暗くするものなのでしょうか」と真顔で聞かれて困ったことがあります。彼女は私が講演をする人間だと知って聞いていたのですが、私を暗いとは言っていませんでした。私は喋り言葉を使う人間だからと言葉を濁していました。講演は話し言葉で行います。書き言葉では箇条書きのようになってしまうのでスラスラと話せませんし、それに箇条書きでは聞いている方が寝てしまいます。

考えをまとめる時には書き言葉でないと考えがまとまってきません。また、まとまった考えを読む時、読む人は書き言葉でないと書き手の意図を纏められないと思います。書き言葉は重たくゆっくりと進むことで効力を発揮するので、喋り言葉のように滑りが良く、立て板に水ではいけないのです。訥弁の人ほど書き言葉には向いていると思います。従って言葉を書く人は思慮深くて、言葉が重いということになるのかもしれません。

話し言葉の代表と言える日常会話は思いつきで喋っています。よく言えば直感が降りてきて喋っているのです。考えをまとめるという作業も省かれています。講演では最後の方で今日の話をまとめますと、などとは言いますが、書き言葉のようにきちんとまとめる必要はないので、大抵は尻切れとんぼのように終わります。話し言葉はこうしてみると随分いい加減なところがある言葉で、話し言葉で生きている人は文章を書く人よりは楽に生きていると言えそうです。

書き言葉と話し言葉を言葉の範囲以内で比べるとこうなりますが、言葉と絵とを比べようとすると、普段はそのような機会がないのでそのための物差しながないことに気づきます。もし彼女のような仕事についていなければ通り過ぎてしまっていることだと思います。つまり一つのことを、一方は絵で、もう一方は言葉で表現することで見えてくる非常に珍しいケースです。きっと学問的に研究する人もいないジャンルだと思います。客観的な資料が集まらないと思います。

 

話し言葉には、離す、放すということが噛み合ってきます。握っていたものを話すということです。言葉で心の中にあるものを解放するということです。それだから話し言葉を仕事としている人は明るい方を向いているように思うのですが、書き言葉の使い手たちは、言葉で解放するというよりは、言葉に思いを込めるため、その作業そのものが重くなるのかも知れません。そのため絵描きさんに比べると暗くて重いと言われてしまうのです。絵本の読者は大抵は子どもですから複雑な言葉で書いてはダメで、簡単明瞭な易しい言葉を選びますが、簡単とは言え、あくまで書き言葉です。ということは言葉に思いを込める傾向は拭えないのです。

一方絵の方は色を使います。色は特殊な現象で、光一元の世界に行くと色はないのです。光と影の間の遊戯から、つまり色は光空間と闇空間の間にしか生まれないものなのです。色として生まれる時には光が闇に打ち勝った時のはずです。ですから色は光の方を向いていると言えるのでしょう。ということで、色と仕事をしていれば明るく楽しく幸せになるのかもしれません。

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