不純物
唐突な話ですが、シュトゥットガルトの飲み水はボーデン湖、ドイツとスイスにまたがる大きな湖、から200キロほどをパイプで送られれています。スイスとイタリアが隣接する所で湧き出した水は、ライン川となってボーデン湖に流れ込み、そこで水は厳しい水質検査を経て飲み水の基準を満たしシュトゥットガルトに送られます。ボーデン湖の水がシュトゥットガルトに送られるようになってからは水質が以前と比べものにならないほど良くなったということです。現在では水面から50センチ下はすでに飲んでも大丈夫と言われるほどです。河川が汚され、ボーデン湖の水も匂いがするほどだった昔を知る人にとっては信じられないような話しです。当時は、自然保護の人たちが躍起になって河川汚染と戦っても達成することができなかったことが、シュトゥットガルトに水を供給するということだけで、まるで魔法にかけたように汚れた水が飲み水にまで浄化されてしまったのです。
この話には信じ難い側面があったのです。
さて水が綺麗になって、その清らかな水の中をスイスイとお魚たちが泳ぐと思いきやそんなことは起こりませんでした。却って魚は大きなダメージを受けたのでした。水が綺麗になったということは水の中の不純物(プランクトンを含め)が少なくなってしまいました。喜ばしい水質の向上の一方で悲鳴を上げたのはボーデン湖の漁師たちでした。昔は3・40センチくらいになった魚が今は10センチ15センチの大きさにしかならないとぼやいているのです。15年前、ボーデン湖のコンスタンツでゲルトナーライアー80周年の記念式典の際に100年前の蒸気船で湖を回りながらライアーを聞くという催しが企画されました。生憎天候が不純でライアー演奏はありませんでしたが。その時隣り合わせた方がボーデン湖で漁師をされているということで、珍しい出会いにおしゃべり好きな私は根掘り葉掘りと失礼を承知で訪ねました。その中で聞いた話が、ボーデン湖の漁師の人たちの悲鳴でした。「飲み水もいいが、魚のことも考えてもらわないと、10センチの魚なんて食べても上手くないからな、売り物にはならないのだよ」。まさに水清くして不魚住ずのボーデン湖版だとこの話を聞いていました。同時に何が自然保護なのかも考えてしまいました。
不純物が大活躍していることを初めて知ったのはファラディーの「ろうそくの話」を読んだときでした。「蝋燭が明るく燃えるのは煤(すす)があるから」と言う下りでした。実際に人差し指でろうそくの炎を通すと瞬時に指に煤がまとわりついてきます。ガスバーナーで実験すると、炎は温度が高くなるにつれて不純物がなくなり透明に近くなって見えなくなってしまいます。それでは周囲を明るくすることはできません。煤、万歳、でした。
私はまだ不純物にすらなれていないようです。