自閉症とダウン症

2024年4月24日

スイスのある障害者施設が自閉症の子どもばかりを集めて開設されました。

私がスイスで勉強している時の話ですからもう四十年近く前の話です。当時としては画期的な試みで色々な方面から注目されていたのを覚えています。

そこではさまざまなセラピーが用意されていましたし、医療的にも自閉症への取り組みが積極的になされていたので、その分野では期待されていたのですが、開設してからしばらくして評判が落ちて行くのがとても気になりました。

私は当時ドルなっ派に席を置いて勉強していたのですが、その施設はドルナッハの裏手の丘にできた、見晴らしの素晴らしくいい施設だったので見学に行ったのを覚えています。内部も綺麗に整備されていて自閉症の子どもたちはきっと居心地がいいだろうと感じるような作りでした。

施設に収容されていた子どもは総勢で五十人ほどだったと思います。最新の設備、セラピーが用意されているのがご自慢だったのですがしばらくして一つの問題が発覚したのです。施設で働いている職員さんたちが、施設には自閉症の子どもばかりで、ホッとする時間がなく、精神的にストレスが溜まってきてしまったのです。

私も施設に入った時に一瞬冷ややかな感じがしたのを覚えているのですが、毎日お仕事をされている職員の方々はだんだん病気になっていったのです。施設全体の雰囲気が冷え切ってしまったというのが一番適切な言い方だと思います。

最新の医療も、セラピーも積極的に取り入れられたのですが、この冷たい雰囲気を払拭することはできなかったのです。施設を閉じるわけにもゆかず、何か策を講じなければならなかったわけです。

その時に提案された一つの案によって施設は再び活気を取り戻し、機能し始めたのです。何をしたのかというと、さらに進んだセラピーの導入でももっと進んだ最新の医療器具でもなく、ダウン症のお子さんたちの入居に踏み切ったのでした。それまで掲げていた自閉症の専門施設という名目は返上することになったのです。

ダウン症のお子さんたちの暖かな言動によって、自閉症のお子さん達の間にも温かい流れが生まれたのです。もちろん施設の職員の方達にも笑顔が蘇ってきて、温かい雰囲気の中でお仕事ができるようになったのでした。

ダウン症のお子さんたちの中にはもちろん気難しい子どももいます。しかし基本は笑顔です。溢れんばかりの笑顔です。意外とシャイな性格のお子さんが多いのですが、慣れて仕舞えば彼らの挙動は微笑ましい限りです。

この暖かさが自閉症のお子さんだけを集めて冷え切ってしまった施設の空気を温め和ませたのです。

最新のセラピーも医療器具も、ダウン症のお子さんの入居からしばらくしてなくなっていました。

ダウン症のお子さんたちはセラピー以上の働きをしてくれたのです。

 

私がドイツでお世話になったビンゲンハイムという施設の創立者であり長年施設長をされたシュタルケ博士は、「治療教育の大前提は施設での生活だ」とはっきり言い切っていました。ビンゲンハイムを出て音楽セラピー、絵画セラピー、言語セラピーと言ったセラピーの勉強をしたいという若い人たちは後を絶たなかったのですが、「セラピーでは得られないものが施設の生活の中にはあるのだ」と言っていました。

私も五年の間に生活の中で培われるものの大きさは痛感していました。

セラピーも大事なことなのでしょうが、セラピーより大きな力を持つものがあることも経験から知りましたから。その結果、日常生活の中で培われるものが治療教育には欠かせないと深く感じている次第です。

スイスのあの施設は、自閉症のお子さんたちがダウン症のお子さんたちと生活空間を共有するようになったことでその後も長く存続できたのでした。

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