シャボン玉の中のようです
ドイツと日本の間を三十年にわたり行き来していてるわけですが、いまだに変わらないのは、どちらかの国いいると、もう一つの国でのことがまるでシャボン玉の中に閉じ込められてしまったように感じられることです。
今回も同じで、ドイツに帰って一週間が経ちますが、日本でのことがシャボン玉の中に閉じ込められているように感じられます。キラキラ輝いているのです。
これに似たことを体験された方もあるのではないかと思うのですが、遠く彼方に消えてしまうということではなく、かえって日本で色々あったことが一つに纏まるプロセスなので、大切なことなのです。一つ一つのことを思い出すときにそっとシャボン玉の中から取り出してくるような感じです。ドイツでの生活と混ざり合わずいつまでも新鮮な状態にあるのでありがたいと思っています。
ようやく一週間が経ったのですが、一番辛いのは日常の記憶力をまとめている「箍(タガ)」が緩んでいることです。聞いた先からザルに水を流すようにどこかに行ってしまうのです。
ドイツから日本に向かった時にも起こることで、昔は日本に着いて三日目から講演があったりしたので、その時は苦労した思い出があります。疲れに原因があるのでしょうが、記憶体のようなものが肉体に馴染んでいないのです。
これから年を重ねてゆくと、こんなことが日常で起きてしまうのかと思うと、いささか心配ではあります。
そんな中でも今朝目が覚めた時には、昨日とはずいぶん違っていて、少しですが前を向いている感じがしました。あれをしなければ、などと俗な思いが頭をよぎるのですから、ドイツに帰ってきたということのようです。
あとは頭が少しづつ回転し始めるのを待つばかりです。
今はまだ文章を書きながら、インスピレーションが降りてきそうな感じがしませんので、プログとはいえ、健康状態の報告だけにしておきます。