ゲルトナーライアーの秘密 : 誕生 その二

2014年12月6日

江湖に出回っているライアーを見渡すと、大きく分けて三種類あります。丸型の共鳴箱のあるものと角型の共鳴箱のあるものと角型の板の上に弦を張っただけで共鳴箱がない物です。この三種類が今日では選択肢の中にあります。しかし、丸型のライアーは、今日では当たり前になっていて誰もそこに注目しないところですが、ライアーの生成の中で様々な考えが結集した画期的なものだったのです。今日はそのことをお話ししようと思います。

 

ローター・ゲルトナーがライアーの制作を本腰を入れて始めて間もなく、出来あがったライアーは角型でした。意外に思われる方もいらっしゃるのではないかと思います。エドモンド・プラハトと一緒にライアーのスケッチをしている時点ではまだ丸いライーは考え付いてもいなかったことだったのです。ライアーを丸い形にする、それはローター・ゲルトナーがライアー作りを始めて、試行錯誤の中でもがいている時に生まれたものだったのです。ローター・ゲルトナーの天才が、ライアーという生まれたばかりの楽器、自分で作った楽器なのですが、そこに容赦なくと言うことです、丸みのある形に変えて行きます。

ライアーがとにもかくにも演奏できる楽器として完成しただけでも大変な偉業と呼んでいいと思うのですが、そこに丸みという要素が加えられたことで、ライアーの楽器として持つ特性も輪郭をはっきりさせることに成功したわけです。第二の誕生です。丸いライアーの誕生はその後のライアーの発展には欠かせない要因だったことは多くの人が認めているところです。

ライアーは主張する音を演奏するための楽器ではなく、調和する音、周囲と和む音を作ることが本領ですから、丸みのあるライアーからは視覚的にも調和にいざなって行く力が加味されたことになります。

 

ライアーには他の楽器では見られない特徴が二つあります。先ずはこの丸みを帯びた形です。太鼓系のものはともかくとして弦楽器で丸い形は極めて稀です。角のないなめらかな丸い形の中に張られている何本もの弦、この妙なる姿を見て、楽器のことをよく知らない人が一目ぼれして買ってしまう楽器なのです。もう一つは張られた弦をただなでるだけで生まれる、波の様な、風の様な周囲に優しく広がる響きに一耳惚れ?して買ってしまうのです。こんな楽器は後にも先にもライアーしかありません。ピアノにもヴァイオリンにもギターにすらこんなことは起こらないのです。女性によく見られる衝動買いと言ってもいいのかもしれませんが、何十万もする高価なものですから、それ以上に深く心に届くものがあるのではないのでしょうか。

 

 

ローター・ゲルトナーは、もともとは専門の楽器制作者ではなく、この分野に関しては素人だったことは前回お話ししました。しかし木に関してはその特性を知りつくした彫刻家でしたから玄人です。ライアー誕生には共存するのが難しい、素人であり玄人であるという矛盾が始めっから在ったのでした。しかしそこを超えて生まれたのがライアーでした。ライアーはローター・ゲルトナーの中に同居していた素人と玄人の二つがある時は摩擦しながらも、最後は調和することによって作りだされた楽器なのです。そのことが今日に至るまで、専門の音楽家よりも素人の人の心に直接届く秘密かもしれません。実際ライアーはプロのバリバリの音楽家よりも、成人してこれから自分の時間が持てるようになるので、何が楽器をしてみたいという人の心を巧みにとらえます。

ライアーという楽器が持っている「素人性」ですが、この素人性は見方を変えれば、世阿弥が家伝書の中で言う「初心忘るべからず」に通じる深い精神性に貫かれているものを持ったものなのです。こうして見ると、バーゼルの専門の楽器作りの人がプラハトのスケッチから楽器を作れなかったということはとても興味深いものです。

 

 

第一号の角型ゲルトナーライアーは今のライアーとは遠く離れたものでした。

ライアーを弾く姿勢で持った時にまっすぐに垂直に備え付けられている右の部分が、今日の様に木ではなく銅のパイプでした。弦の数が多くなるとそれに比例して楽器への負担が大きくなります。そのため始めは木ではなく金属に頼ったわけです。しかも銅の持つぬくもりに着目したのです。更に、ただ備え付けただけでなく、ライアーの枠の中にまで深く入れこんで二十数本の弦から生まれる張力に負けないものにする工夫がなされたのです。この楽器は今日でも時々目にすることがありますが、演奏できる状態で残っているものはほとんどなく、相当手を入れないと楽器としては使えないものばかりです。

しかし木と金属の組み合わせでは、楽器としての美しさに欠けるところがあります。そのことはローター・ゲルトナー自身が一番感じていたことでした。しかし銅という金属から木の枠に変えても楽器生命のバランスが崩れてしまいますから、簡単には解決できないものでした。

                                                     続く

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