金襴緞子(きんらんどんす)

2022年2月22日

室町時代におられた金襴緞子の帯びを見る機会がありました。

嘗てのおびは帯としてではなく、アンチークの反物に姿を変えて今日まで生きながらえたのでした。そして好事家の手に渡り、歴史を生き抜き、ロマンを今日に伝えているのです。

「金襴緞子の帯締めながら花嫁御寮はなぜ泣くのでしょう」の歌の意味はよくわかりませんが、金襴緞子で作られた帯を締めるほどのお嫁さんは、上流階級のお嬢さんに違いなく、その階層での婚姻は政略的なものだったことが想像できますから、お嫁入りは今日の恋愛結婚のようなハッヒーなものではなかったということです。花嫁の涙は歴史の犠牲者の涙ということかもしれません。

 

見事な織から作られる模様は形容する言葉がないほど見事で、ただただ見惚れてしまいます。金の糸で織られたものなのに、きっと縦糸の貼り方の絶妙な技がなせるものなのでしょう、絢爛たる豪華さのような面影は一切なく、地味な色調の中を金の糸で織り込まれた柄が浮き出てきて、光の具合で、絶妙な翳りを作ります。見ているだけでゾクゾクしてくるまさに名品です。そこで使われた技術は今では解明できないほど複雑なもののようで、幻の織物と言われています。

金襴緞子のような工芸品に触れると、昔の人間は幼稚で私たちの近代現代は立派な文明社会だなんてどこ吹く風です。こうした技術はそれに相応しい精神によって支えられていたものでしょうから、私には現代という時代は進化した姿ではなく退化した姿を呈する文明としか見えないのです。

機械の力を借りての物作りが近代・現代の誇りですが、それは一途に大量生産という商業社会を支えるための原動力になったに過ぎないものと言っても過言ではないと思っています。

確かに、民衆が貴族社会で愛され、使われているものを真似て作られたものを手にする喜びをもたらしたという点では、大量生産は大きな貢献をしたということになるのでしょうが、文化としてのクウォリティーはその結果、惨憺たるものに成り下がったようです。

嘗ての織物士たちの技から生まれたものは磨き抜かれたものですから、大量生産のもとで簡単に忘れ去られ、その結果今では幻となってしまったのです。このプロセスは金襴緞子の織物に限らず、これからもっと明確になってゆくことと想像できます。そしてそれを取り戻すことが望まれるようになるかもしれません。それはただノスタルジーと片付けられない、深刻な願いと言ってもいいものだと思います。私たちは、実は惨憺たる社会の中に生きているのだと知り、そこから抜け出す準備を始めなければならないのかもしれません。

かつて寺山修司は「書を捨てて街へ出よう」と呼びかけました。

今日は「スマフォを捨てて街へ出よう」と言い換えられそうです。

文化の惨憺たる姿すら気づかなくなってしまったのが現代社会の特徴と言っていいのかもしれません。悲しい特徴です。あまりに悲し過ぎます。

 

 

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