エゴからユーモアへ
エゴとユーモアの間に自分がいます。いやそうじゃなくて、エゴもユーモアもどちらも自分の変わり果てた姿です。
自分がどんどん進化していったら、エゴも無くなるでしょうが、ユーモアも消えてしまうはずなのです。
何故こんな遊びともつかないことをやっているのかというと、最近自分の進化と共にユーモアも消えてなくなってしまうのたど気づいたからです。
自分が神様のような存在になった時、自分は輝くような存在になると思っていたのですが、そこに現れたイメージは、自分が進化したらユーモアがなくなってしまということです。
昔は自分が進化したらユーモアが膨らんで自分なんてなくなってユーモアだらけになってしまうと考えていました。内心では、早くそうなりたいものだと願っていました。
だから神様というのは、もしいたとしたら、ユーモアに溢れたいっしょに飲みにゆきたくなるような楽しいお方かと思っていたのです。
ところが人間が神クラスになるとユーモアがなってしまうかも知れないのです。そして神様って全然ユーモアがない存在なんだという直感的イメージを持ったのです。衝撃的でした。
これって悲しいかな正解です。
エゴとユーモアは対極です。
自信満々だとエゴで、自分を笑い飛ばしているとユーモアです。
簡単に言えば自分を肯定するか否定するかのお遊びです。この遊びは長いこと続いて、自分が神様クラスになった暁には、自己肯定も自己否定もなく、自分はただの自分になってしまうんです。自分以上てもなく自分いかでもないという、最も簡単な仕組みがそこにはあったのです。
ただ自分あそびは、肯定してもどこかで否定していて、非否定していてもちゃんと肯定できているという不思議なルールがあるのです。難しい遊びではありません。皆さんもしょっ智勇やっているものです。
ということです。
今日はこの辺で失礼いたします。